ALASKA Glacier Bay Expedition
アラスカ グレッシャーベイ遠征
2006年6月5日〜6月19日(シアトルを基点)
報告書

計画書はこちら


McBride Glacier


航路 (黄色往路。青復路)


◎日程6月
  7日   Juneau〜Gustavas〜BartlettCove        軽飛行機、車
  8日   BartlettCove〜Leland Islands         シーカヤック 航行距離 約45km
  9日   Leland Islands〜Riggs Glacier近くの浜  シーカヤック 航行距離 約60km
 10日   Riggs Glacier近くの浜〜Garforth Island    シーカヤック 航行距離 約60km
 11日   Garforth Island                     シーカヤック 航行距離   0km
 12日    Garforth Island〜Sebree Island近くの岩礁   シーカヤック 航行距離 約25km
 13日    Sebree Island近くの岩礁〜BartlettCove             航行距離 約0.5km 観光船に乗船

◎後援順不同
MBC南日本放送。南日本新聞社。アウトドアステーション。アウトドアショップロッキー。鹿児島外語学院。デザインスタジオ・アールエイチプラス。NPOくすの木自然館

◎協賛 順不同
(株)アライテント。(株)鹿児島ビデオ

◎協力
冨内芳昌

6月6日 Junean 曇り
 「まったくなんで事になっちまったんだ」
 アラスカ州Juneauの北部にある港AukeBayから、大量の食料とキャンプ用具。そして撮影機材を抱えてGlacirHWYをぶつぶつ言いながら歩いていた。
 予定ではAukeBayから定期船でGlacir Bayの入り口の町Gustavusに入り、そしてBartlettCoveから明日には快晴の空の下を漕ぎ出すはずだった。だが港へ来てみるとフェリーターミナルは閉まっていた。古臭いモニターがフェリースケジュールを表示していたがそれにはGustavusの文字は見つからなかった。うろうろと動き回り作業をしていた人に聞いてみるが誰も知らないと言う。
Juneauに帰り案内所で聞くにも、またタクシーを呼ぶにもターミナルの外には電話があるのみで番号が判らない。もちろんバスはない。それでしかたなくヒッチハイクをするためにHWYを歩いているのだ。
「何で定期船がないんだよ」とガイド本を読み返すがよく見るとガイド本は1999年版だ。すでに7年も経っている。いつもの事ながら詰めが甘い。
ひたひた歩いていると1台のワゴンが止まり、にこやかな笑顔で声をかけるカップル。ScottとJaneだ。感覚的に悪い人ではないようだ。頼んで乗せてもらう。この二人がとてもいい人でその後、素晴らしい展開となる。
車の中でScottの携帯電話から調べてもらうが、やはりフェリーは無いようだ。飛行機の時間も過ぎているので今日は動けない。彼らのキャビンへ行くことにする。
キャビンは1948年に自然公園内に作られたものだ。それを彼らが最近買い取って住んでいる。キャビンの中には大きな暖炉と彼らの手作りのウッドカヤックが置かれていた。窓からはフィヨルドが見え、昨日もすぐ前の湾にHompbackWhale(ザトウクジラ)が現れたそうだ。そんな話をしていると赤リスがちょろちょろと動き回り、HummingBird(ハチドリ)がぶ〜んと飛んできた。
Scottが近くにある島まで漕ごうよとシーカヤックに誘ってくれた。その島には友人も住んでいるそうだ。彼の手作りシーカヤックに乗り7年ぶりのアラスカの海へ漕ぎ出す。
漕ぎ出したEagleRockは小さな湖があり、6mにもなる潮汐で引き潮には海側への滝となり、満潮時には逆に湖側へ滝となる場所だ。遠く雪山を眺めながら漕ぎ進む。時々StellerSeaLion(トド)がブシュと呼吸音を出して海上に現れる。そのたびにScottと顔を見合わせ微笑む。彼も自然が好きなんだなぁ。
Gull IslandでScottが大声で人を呼ぶ。彼の友人が森の間から出てきた。この島に住んでいると聞いていたがキャンプをしているようだ。熊もおらず安心して自然を堪能できる島だ。
Gull Iを後にして更に西へ進む。漕ぎながらコンパスが指す北と実際の北の違いを体で覚えこむようにする。(磁石の偏差この。あたりで約25度東を指す。この偏差は年とともに変わる)
遠くにHompbackが見えた。遠いが久しぶりのクジラだ。この巨大な生物を見ていると時間の観念が違ってくる。我々人間よりももっとゆったりと時間が流れているような気がしてくる。
まつたりとした海の時間を過ごして引き返す。キャビンが近づいた頃目の前をHommpbackが大きな呼吸音と共に過ぎてゆく。大きな声を出したいが出せない。Scottを見ると更に優しい目になりクジラを見ている。岸沿いに獲物を探しているのだろう。
ただこのときには気楽な気持ちでカヤックに乗ったのでHDV(ハイビジョンカメラ)と1眼レフカメラを持ってこなかった。その分自分の目でしっかり見て心に記録した。
キャビンに戻りJaneが買出しをして帰ってきた。シャワーを浴びテラスでARASKAN AMBER(ビール)を飲む。するとすぐ目の前をハクトウ鷲が飛び回り近くの木にとまった。まだ若い。幼羽に覆われている。
写真の好きなJaneが愛用のカメラを構えて静かに構える。3人とも小さな声で感動を伝え合う。ハクトウ鷲はしばらくその気に留まっていたがいつの間にかいなくなった。
夜はJaneの作ってくれた日本製のラーメンをご馳走になる。ただ作り方が我々の常識とは異なり、まず野菜を炒めてそれにラーメンのスープを入れてどろどろのペーストを作る。麺は大量のお湯で茹で上げて水を切り鍋に戻す。そして麺を皿に取りペーストソースをかけていただくのだ。お世辞にも私の食感では旨いとは思わないが、彼らのおもてなしはとても嬉しかった。フィヨルドが見えるベッドを用意してくれた。それに横たわり今日1日の出来事と、今の状況を考えて笑ってしまった。まさに旅は日常からの脱却である。

6月7日 Junean〜BartlettCove 晴れ
 朝食をご馳走になりJaneに空港まで送ってもらう。Scottが電話をしてくれたWing ob ARASKAのカウンターへ行く。Gustavusまで$82。体重とすべての荷物の重量が測られた。私の荷物は20ポンド(約9kg)制限より重いので$10の超過料金を取られた。体重まで量ったのだから私よりはるかに体重が重いと思われるアラスカンにも体重超過料金を取れよと日本語でぼやいた。
ScottにJuneanの観光案内所にフェリーの事を聞いてもらったのだが観光案内所の人も知らないそうだ。おそらく数年前に廃止になったのだろう。
飛行機は6人乗りのセスナ。こいつはいい。氷河とフィヨルドを空から眺められる。期待でわくわくする。
 セスナは爆音と共にあっさりと離陸してフィヨルドの上空2000ft(約600m)を飛行する。昨日漕いだGull Islandも見える。探したがクジラは見つかる事はできなかった。ものすごい景色がどんどん目の前に広がる。
 潮流が作り出す海の模様。川が作り出す泥と緑の世界。クリーム色の砂に囲まれた緑の小さな島。そして雪を被った山々と氷河。素晴らしい世界だ。
 25分ほどのフライトで小さなキャビンが並ぶだけのGustavusの飛行場へ着いた。パイロットに挨拶してタクシーに乗りシーカヤックのレンタル会社SeaOtterKayakへ行ってもらう。声をかけるとオーナーのEdが出てきた。実は何回もここにはメールを出したのだが返事がない。出したメールをプリントして見せたのだが見ていないと言う。どうやら件名にSeakayakと入れないとジャンクメール対策のために見ないらしい。まあ仕方がない。
 あれこれと手続きを済ませ、カヤックを選び、コンロ用のガソリンと熊対策用のベアスプレーを借りて準備は整った。トレーラーにカヤックを乗せてBartlettCoveまで送ってもらう。Gustavusはとても小さな町だ。(各家の間隔はとても広いのだが)小さな店と数件のホテルがあるだけだ。途中でMoose(ヘラジカ)を見る。
 やっとカヤック出発地のBartlettCove着いた。カヤックを下ろし、キャンプサイト備え付けの手押し車に荷物を押し込んでキャンプサイトへ向かう。必要の無い大きなバッグなどはEdに預かってもらう。
キャンプサイトは大きな木に囲まれた森の中だ。個人用のサイトにテントを張り、食料や歯磨き粉など匂いのする物はCACHEと呼ばれる小屋に入れなくてはならない。これはこのキャンプ場にはBlackBearやその他の動物が頻繁に出るのでその動物たちに人間の食べ物の味を教えない為だ。日本のように野生のサルや鹿などに餌をやり野性の本能をスポイルする事とは大違いだ。
レインジャーハウスにて、ここでキャンプをする為と、これからの旅のためのオリエンテーションを受ける。これらは必ず受けねばならない義務となっている。オリエンテーションはビデオを見ながらだが、野外活動の常識があれば簡単なものだった。最後にすべての食料を入れるFoodCanistersを借りて終了した。


FoodCanisters

6月8日 BartlettCove〜Leland Islands 航行距離 約45km 晴れ
さあいよいよカヤッキングがはじまる。この地域にしては珍しく快晴だ。空のカヤックを水際に運ぶが潮が引いているので泥がすごい。気をつけないと足をとられる。
これまで色々あったがやっとBartlettCoveから漕ぎだせる。さあ行くぞ!
少し漕いだところでいやな予感がしていったん上陸して荷物のチェックをする。後ろの荷室を開けると水浸しになっていた。水タンクに小さな穴が開いているようだ。変えのタンクを買うにも近くに店などない。前の荷室の荷物を後ろに移し、前室そのものを水タンクにする。足りなくなったら川で酌むか氷河を溶かせばいい。
 北部にある浅い水路を抜けてゆきたいのだが満潮時しか通れない。いったん Lester Islandを回りこむように漕ぐ。上げ潮に乗り快調に進む。
雪と氷河に覆われたMt Fairweatherが見えてきた。この山はその穏やかな名前とは裏腹にめったに全容を見せることは無いと聞いている。暖かな海流から発生する湿った空気が標高5.000mを超える山脈にぶつかりいつも雲に覆われる悪天候の山(地域)なのだ。だがこの日は奇跡的に快晴で、この山をはじめとする4〜5.000m級の山並みが全貌できた。
このあたりが約200年前は氷河に覆われていたなんてとても想像がつかない。一番広いところだと20kmほどもある。氷河の最先端がおおよそ30〜40mとしてこの幅と現時点での氷河までの距離約100km。そして氷河は海から離れるほど高くなるのでいったいどれぐらいの氷が消えたのだろう。地球の温暖化で後退したのは間違いがないだろう。氷河の後退時期と蒸気機関を始まりとする化石燃料の消費時期と重なる。やはりそれらが原因なのだろうか。
海の上ではアザラシやステラーシーライオンなどが時々大きな呼吸音と共に愛嬌のある顔を出す。Strawberry Islandを回りこんだあたりから向かい潮になる。それまで時速7〜8kmは出ていたのに急に時速3km台に落ちた。おかしい上げ潮の時間のはずだ。どうやら大きな反流があるようだ。ともかく漕ぐしかない。
Strawberry Islandに近づき、反対の流れを探すが見つからない。こうなれば力任せだ。まあ天気はいいし風もない。淡々と漕ぎ進む。
たくさんのシーライオンやラッコが生息しているFlapiack Islandを通り過ぎる。ここから反流が無くなり追い潮になる予定だったがすでに下げ潮に時間になってしまった。いつまでも続く向かい潮地獄だ。ただひたすら北へ向かう。そして45kmほど漕ぎLeland Islandsに上陸した。
この島は大陸から4〜5kmほど離れており、熊の心配が少ないと言われている。友人も数年前にこの島で連泊して釣った魚を食べまくったと言っていた。私もこの島で熊の心配をせずに泊まろうと思っている。
南部の砂浜へ上陸してよさそうな野営地を探す。だがあたりには熊の足跡と何かを引きずった跡が残っていた。
「うわ!だめだ。ここではキャンプができない」
期待していただけに気分が落ち込む。疲れていたし、これほど大陸から離れている島に熊がいたことは。
この小さな島だけでは熊は生きてはいけないと思うので、やはりこの距離を泳いできたのだろう。
本気でこの旅をやめて帰ろうかと考えていた。しかしいつまでも落ち込んではおられない。漕ぎ出し北へ向かう。
少し漕ぐとLeland Islandsの北部に更に小さな島があった。上陸して散策するが熊の痕跡らしきものは見当たらない。今日はこの島で泊まる事にしよう。
海岸端は様々な動物が獲物を探しにくる場所なので森の中にテントを張り、食事などは必ずテントから200mほど離れ、また満潮ラインの下の方でおこなう。食料や歯磨き粉など匂いの出るものはFoodCanistersに入れてこれまたテントから200mほど離して隠しておく。
夕食は元気が出るようにとご飯とラーメンを作る。だが緊張のせいか胃が受け付けない。無理やり飲み込むが吐きそうになる。食べないと明日からの行程を乗り越えられない。涙を流しながら無理やり飲み込む。
今回はこんな事は想定していたし、なにより自分で楽しむつもりで来たはずだ。いつもの事ながら旅のはじめはいつも気弱になる。なんとか3日目の壁を乗り越えれば旅そのものに体も心も順応するので楽になる。だが久しぶりの危険な地域での一人旅が普段以上に神経質にさせているようだ。あらためて自分の弱さを実感する。ともかく頑張ろう。
テントに入るとipodで好きな音楽を聞いて気を紛らわす。だが聞き入ったら危機管理が疎かになるので、1曲ごとにイヤホンを外し外の状況を耳で探る。


Mt Falrweather

熊の足跡と何かを引きずった跡

6月9日 Leland Islands〜Riggs Glacier近くの浜  航行距離約60km 晴れ
今日も快晴だ。どうやら熊は来なかったようだ。さっさと朝食を済ませて荷物をカヤックに詰め込む。気になる水タンクも防水バッグの一つを空にしてその中に入れ込んだので当面は大丈夫だ。前日の疲れが残るが漕ぎ出そう。
 Sturgess IslandとPuffin Islandの間の海峡を目指す。Puffin Isuland(つのめどり島)なんてとても引かれる名前だが天気予報は2日後には天候が崩れると報じられていたので先を急ぐ。帰りに寄ればいい。
 Mpunt Wright麓の海岸に近づく。ここからは沿岸に沿って北上する。岩の海岸には地層のように黒と茶色の模様が延びていた。近づくと黒はムール貝で茶色はフジツボだ。それらがびっしりと繁殖している。こんなに冷たい海なのだが命を感じる。
 友人から聞いていた観光船によるドロップオフ&ピックアップ地点に着いたが、大量の土砂崩れで埋まり痕跡は見つからない。今年は別の場所に移され、しかも3箇所から2箇所へ減らされていた。
 Muir Inletに入り込む。ここからはエンジン付の船舶は入る事が出来ない入り江だ。カヤックだけの静寂な世界がこれから始まる。つまりここから先の世界はお金を出しただけでは見ることが出来ず、必ず自分の力で行くしかないのだ。なんて贅沢なんだ。
いつの間にか標高5,000mを超えるMt Falrweatherは見えなくなってきた。BAY(湾)からINLET(入り江)へ入り込んだのだ。
 1892年まで氷河があった狭い地点を通り過ぎる。狭いといっても2km以上の幅の入り江だ。
 浅くて複雑なAdams Inletからの流れ込みでカヤックが振られる。力で漕ぎ進み、ひたすら北を目指す。そして昼前にForest Creekに海岸へと上陸。昼食にする。今日の昼食はインスタントパスタに缶詰のウインナーソーセージを食べた。美味いんだか不味いんだか・・・
食事を作っている間も常に辺りを見回して熊などの襲来に備える。もし来たらすぐに熱いバーナーや鍋なども置いてカヤックに乗って海に出なくてはならない。後で困るがまずはファーストコンタクトを避ける方が先決だ。
それにしても素晴らしい景観だ。まだ氷河が去ってから100年ほどしか経っていないので木々は若いが、それでも力強く群生している。それ以外はすべて岩と雪と氷の世界だ。
小さなSealers Islandを過ぎる。この島はテントが張れそうな場所が見える。帰りに上陸してみよう。
更に北へ向かうと海の上に白いものが浮いている。流氷だ。カヤックから流氷を見るのは8年ぶりだ。早速近づいてみる。風が強くなり波が出てきたので触る事は危険だが代わりに何枚もカメラのシャッターを切った。
目の前についに氷河が見えてきた。Riggs氷河だ。「やっほう!」雄たけびをあげる。更に右手にはMcBride氷河も見えてきた。ブルーアイス(氷河が光線の加減で青く見える)が目にまばゆい。
向かい風がきついうえにすでに今日は50kmほど漕いでいる。HDVを回すが声は満足に出ず、ゼィゼィと疲れた呼吸音が録音された。かなり疲れている。そろそろ野営地を決めねば。
目の前にRiggs氷河とMcBride氷河からの分流に挟まれた小高い岩山が見えてきた。あそこなら熊の心配もなくテントが張れるだろう。進路をその岩山に向ける。
海の色はだんだんと雪解け(氷河解け?)で濁り、ついには透明度ゼロの泥水となった。この時間は干潮なので氷河の末端へはかなりの距離がある。だんだんと浅くなりついにカヤックを漕げなくなった。カヤックから降りると泥で足が取られそうになる。かなりの粘度だ。気をつけないと下手に転び手に持ったカヤックのロープを放すとその時点で遭難となる。水温はほぼ0度なので泳いで取りに行くことなどできない。小さな川の中、カヤックを引きずりながら岩山を目指す。
荷物を満載した重いカヤックを岩に上げてロープでしっかり固定する。何しろ干満の差が6mほどあるのであと数時間でこの場所にも海水が上がってくる。
高さが50mほどの岩山に登る。すごい!ここはちょうど氷河の交差点となっている。北と東は氷河が流れ込み、西はMuir氷河からの流れ込みのフィヨルド。そして今まで漕いできたフィヨルドが南へ延びている。写真で見た世界に自分がいるのだ。「すげぇ!」叫びまわる。
テントを取りに行き頂上部に張る。今日はここで氷河を見ながら寝るぞ!嬉しくて写真とビデオカメラを回し続ける。近くではマウントゴート(オオシロヤマヤギ。ヤギではなくカモシカの仲間)の足跡を見つけた。ハクトウ鷲が氷河に溶け込むように飛び去る。
だがそんな幸せも熊の足跡を見つけたとたん吹き飛んだ。
「なぜこんなところに熊がくるのだよ」思わず叫んでしまう。しかたがないこの山も下りよう。
テントをまとめてカヤックに戻る。そして岩にへばりつくように夕食を作り食べてから岩山を後にする。
氷河の流れに流されるようにフィヨルドに入り込み進路を西に取る。(このあたりから大きく西に曲がっている)
少し漕いだところにいい感じの浜があった。上陸して探索するが動物の足跡は見当たらない。ここにテントを張ることに決めた。満潮ラインから更に数m高いところまでカヤックを上げて更に丈夫な木にロープで縛り付ける。テントももちろん高いところに張る。満潮ラインより高いところにテントを張るのは当たり前だが、このあたりは氷河が近いので氷河の崩落があったときに津波となって襲い掛かる事があるのでさらに高いところに設営する。
目の前に聳えるMinnesota Ridgeが夕日で染まる様を見ながらこの世界に一人でいることを満喫する。もちろん常に熊やオオカミに脅えながらだが。


流氷が浮かんできだした

McBride氷河

氷河に囲まれた岩山

マウンテンゴートの足跡

最高のテントサイト。のはずだったのだが・・・

6月10日 Riggs Glacier近くの浜〜Garforth Island 航行距離 約60km  曇り
何事も無く穏やかな朝を迎えた。疲れはかなり溜まっている。BartlettCoveで聞いた天気予報では今日あたりから雨になるようだ。VHFラジオをつけてみるが、どのチャンネルのウェザーニュースも受信できない。こうなれば降り出す前にさっさとMuir氷河へ行こう。
簡単な朝食を済ませて漕ぎ出す。体中が筋肉痛と過労で辛いが行くしかない。
地図に書かれている氷河が見当たらない。モレーン(堆石)で埋まっているのだろうか?正面に見えるCushing氷河もかなり小さく見える。
コースを右に曲がったところで念願のMuir氷河が見えてきた。この氷河を見るためにここまで来たのだ。引き潮なので氷河まではかなり距離があるがその迫力はものすごいものがある。
泥の付いたモレーンに上陸する。かなり滑りやすい上に堆積した岩が崩れやすい。しかもモレーンはかなり尖っているので手などを切りそうだ。カヤックは大きな岩に慎重にロープで固定した。慎重に登る。
小高い丘に登ればMuir氷河とMorse氷河の雄大な景観が目の前に飛び込んできた。巨大で急傾斜の氷の河だ。感動で声が出ない。やっと来たのだと言う達成感と、もう帰ればいいのだと言う安堵感で複雑な心境だ。
振り返ると静寂のフィヨルドに私が漕いできた黄色のシーカヤックがぽつんと浮かんでいる。なんてちっぽけなんだろう。だがその小さな船は確実に私に自由と夢と冒険を与えてくれる。
その静寂を切り裂くようにハクトウ鷲がピィ〜と鳴き飛んでゆく。最後に背伸びしてもう一度Muir氷河を目に焼き付けて後にする。またいつか会いにくるよ。
目の前の海をでかい物が動いている。よく見るとハクトウ鷲が巨大な魚を捕まえたのだが、あまりにでか過ぎて飛び上がれず水面を泳ぐように飛んでいたのだ。そして岸近くの岩に置き食べだした。近づいても逃げずに貪るように食べている。
生臭さがあたりに漂う。私は嗅覚があまりよくない。だが今回の旅では嗅覚がかなり敏感になってきている。普段は聴力がよくなったり、危険に関する予感は鋭くなるのだが、今回は嗅覚までも危機管理のために目覚めたのだろう。
満腹したのかハクトウ鷲は重そうに氷河へと飛び去っていった。
Riggs氷河の前を漕いでいるとちょうどいい大きさの氷河が浮いていた。拾い上げて適当な大きさに割る。そして用意したカップに入れウイスキーを注ぐ。
そう男の浪漫!お約束の氷河オンザロックだ。耳を近づけるとピチピチと数万年前の空気が爆ぜる音がする。
旨い!旨くないはずがない!思わず笑みがこぼれる。
私はとても単純に出来ているのだろう。このオンザロックを飲んだときから気持ちがハイになってきだした。
「アラスカ最高!グレッシャーベイ最高!!」
気分はハイのまま今度は南へ進路を取る。
いくつかの流氷を小突きながら漕ぎ進み、McBride氷河の南側にある入り江へとやってきた。ここは満潮時の2時間だけ入り江の中へ入れるところだ。
さらに近づくと突然海中から猛烈に泡が吹き出している。何だろう?大量の氷が海底にあり、それが溶けて空気の泡となり噴出しているのだろうか?それともジュラ紀の頃の植物が埋まっていて、それからの炭酸ガスだろうか?想像は膨らむ。
入り江を覗いてみた。流氷が氷河からの流れ出しと、反流で複雑な動きをしている。カヤックで入る事はとても危険だ。
流氷は水平に動くものばかりではなく、回転するものもあるし動きが複雑で予測が出来ない。またそのほとんどは水面下にあるので小さく見えてもかなりの重量がある。シーカヤックなど簡単に持ち上げて転覆させてしまう。
つまりよい子は近づいてはいけないのだ。だが私はそれほどよい子ではない。それになんだか妙に自信があったので入ってみることにする。
流れに入ると想像以上に強く、また流氷の動きが複雑だ。だがそれをかわしながら入り江の中へ入り込んだ。すごい流氷と氷河の世界だ。流氷にゴマフアザラシの親子が寝ている。あまりに絵になりすぎて笑ってしまう。
写真を撮ったりビデオを撮影しているときもどんどん流されて流氷に挟まれたりする。腰のバランスで対応するが、どうしようもないときは撮影をやめて漕ぎ切り抜ける。転覆し、ロールに失敗したらまず間違いなく死ぬだろう。
どんどん流氷がぶつかりだした。さすがにこれ以上は危険と思い入り江から脱出した。
少しドキドキしたが満足した。野営地を求めて南下する。
行きのときにチェックしていたSealers Islandに上陸する。テント設営は問題がない。ただ干潮になると出艇することがかなり難しい。満潮時に出発すれば引き潮に乗れるが潮汐の時間にスケジュールを合わせたくない。
天候が悪くなると予報されていたので早く南下しほうがいいと判断した。ともかくしっかり食べてバリバリ漕ぐと決めた。
快調に漕ぎ進みGarforth Islandへ上陸してキャンプする。熊の痕跡は見当たらない。もうこれ以上漕ぐのはいやだ。


Muir氷河

流氷オンザロックで乾杯!

6月11日 Garforth Island 航行距離 0km  晴れ
 朝目覚めるがかなり疲れているので起きたくない。今日は停滞と決めた。ふたたび寝袋にもぐりこむ。こんな日も大切だ。
 昼前には空腹に耐え切れず起き上がる。今日も快晴だ。ご飯を炊いて海苔玉(ふりかけ)と味噌汁を食べる。目的を達成した安堵感からか今日の飯は特に旨い。
 朝からオイスターキャッチャー(牡蠣をくちばしでつついて食べる鳥)が激しく鳴きまくる。
「頼むから今日はこの島を使わせてくれよ」
 島を少し散歩する。雄大な景色の中で音楽を聞く。自然の音もいいが、好きな音楽を聴くのもとてもすばらしい事だ。この日はFilippa Giordanoの声が心に響く。
 テントの近くでオイスターキャッチャーの卵を見つけた。騒いでいた訳はこれだったのだ。出来るだけ卵には近寄らないようにする。その近くには古いが熊の糞が残されていた。この島も絶対ではないのだ。
 
6月12日 Garforth Island〜Sebree Island近くの岩礁 航行距離 約25km  晴れ
 最後の水が無くなった。島の対岸にある氷河からの雪解け水が見えるのでそれを汲みに行こう。すべての荷物をカヤックに積み込みGarforth Islandを後にする。
 対岸に上陸する。水タンク代わりにしている防水バッグとベアスプレーを持ち、落石に注意しながら水を汲みに行く。雪解け水とは言え動物が生息しているエリアなので、直接飲むことは病原菌の感染の可能性があるので危険だ。様々な対応法があるが私は簡単で確実な煮沸ですましている。行動用の水を鍋で2分ほど沸騰してから冷ます。そして水筒に詰めて出発する。ただこの鍋が長年使っているのでいくら洗ってもダシ?が出る。ゆらゆらと油が浮いた水を飲むのはあまり旨いとは言いがたい。
 更に南下を続け行きに立ち寄らなかったPuffin Islandに行ってみる。
 だがPuffin Islandでは期待していたPuffin(つのめどり)はいなかった。
島の南側の岬に上陸してGPSのバッテリー交換と小用を済まそうと思ったが、急に嫌な予感がした。上陸をやめて岬の反対側へ回り込む。そこにはBlack Bearの親子がいたのだ。もし上陸していたら鉢合わせだった。
小熊は私を見つけると森の中に逃げていったが母親はそのまま海岸で何かを食べている。カヤックの上からならある程度は安心して見ていられるので撮影をおこなう。なぜかファンダーを覗いていると恐怖はなく、好奇心が強くなる。いつの間にか風でカヤックは流されて、熊の十数メーターのところまで近づいている。あわててバックをして距離をとる。母親熊はそんな私の存在など無視するかのように食べ物をあさっていた。
Sturgese Islandに上陸して昼食を取り、この旅のゴールであるSebree Islandに向かう。なんだか旅を終わるのが惜しくなってきた。
明日の9:00に観光船がやってきてカヤックごとピックアップしてくれる地点に行く。そこは高さ1mほどの流木が石で立ててあるだけの簡素な印だった。まあそれで十分だ。それらを見つけられない者はここを旅しないほうがいい。
Sebree Islandは干潮になると大陸と繋がるので熊との接触の可能性が高い。数百m西側に小さな岩礁を見つける。上陸して探索する。ここには陸の植物があるので満潮時にも水没しない。しかもある程度対岸から離れているので安全だ。今夜はここに泊まることにする。
眺めは最高に素晴らしく天気も快晴だ。ぽかぽかと暖かく気持ちがいい。体は1週間ほどシャワーも浴びず着の身着のままなのでかなり臭くなっている。水温は冷たいが(約7度)海に入り体を洗う事にした。
誰もいないことをいいことに真っ裸になり「俺は自由だぁ!!」と叫びながら海に入る。さすがに冷たい。一人でウギャウギャ叫びながら体を洗う。岸に上がり太陽で温まった石の上に寝転がると最高に気持ちがいい。
この島にはオイスターキャッチャーもいたが極アジサシが飛び回っていた。しかも私に向かって攻撃を仕掛ける。おそらくこの島に彼らの巣があるのだろう。彼らをこれ以上刺激しない為にも巣を探すのはやめた。
静かに最後の夜を堪能する。


ブラックベアの親子

ゴマフアザラシの親子

6月13日 Sebree Island近くの岩礁〜BartlettCove 航行距離 約0.5km 観光船に乗船 晴れ
 ピックアップ地点に行くとあちこちからシーカヤッカーが集まってきた。今まで誰とも合わなかったが、私の他にも漕いでいた人がいたのだ。
 時間通りにカタマラン(双胴船)のボートがやってきた。そして我々のカヤックと荷物をてきぱきと載せてゆく。
乗船するとにこやかな笑顔でクルーが出迎えてくれた。手渡されたカップで飲み放題のコーヒーとチョコレートドリンクを何杯もお代わりする。これでやっと安全圏へ戻ってきたのだ。思わずにやりとする。
 船では氷河観光やレインジャーによる自然案内などが行われ、午後3:00にBartlettCoveに到着した。

 その後は3日間 BartlettCoveのキャンプグランドで過ごしハイキングやゆったりとした時を過ごした。

旅を終えて
 今回の旅はいつかは行きたいと思っていた場所だった。終わってみればいくつかの反省点はあるが自分にしてはよくやったなと思う。
 精神的な弱さは思い知らされたが、その代わりにその自分の心には正直に行動する事で危機回避が出来る事を実感した。
 この場所はまたいつかは来たいと思う。今度は氷河の横の岩山を登り、はるか太平洋まで見られたらと思う。


反省点
 1 今回もそうだがもう少し語学を学ばねばならないと思う。せっかく素敵な人たちと出会えるのにある程度までしか会話できない事が寂しい。
 2 初歩的なミスだがガイドブックは最新版を持ち、さらに事前に確認すべきであった。(フェリーの事)
 3 自分の精神的な弱さを思い知らされた。

topへ戻る